
昔々、赤城山の神(ヘビ)はささいな事から日光二荒山の神(ムカデ)とけんかをしてしまいました。けんかは日増しに激しさを増し、いつの間にか大きな戦になっていました。両軍の兵士は多数傷つき、これ以上犠牲者を出したくないとの考えから、現在の『戦場ケ原(日光)』で最後の戦いをすることになりました。美しい草原がでこぼこの大地になってしまうほど、熾烈を極めた戦いはいつ果てるともなく続きました。この戦で兵士の流した血によって、『戦場ケ原』は別名『赤沼ケ原』とも呼ばれています。
あるとき、ちょっとした油断から赤城の神は敵の矢に打たれてしまいました。傷を負った赤城の神は、なんとか赤城山のふもとまで逃げ帰ることができましたが、二荒山の神の軍勢はすぐそこまで追いかけて来ています。「ちきしょう!」と矢を地につき刺すと、不思議なことにそこから湯が湧いてきました。負い傷を湯に浸してみると、これまた不思議なことに傷はたちどころに治ってしまいました。傷の治った赤城の神は、追いかけて来た二荒山の軍勢を見事追い返しました。
それからというもの、傷ついた神が敵を追い返す力の基となった温泉と言うことで、誰言うともなくいつの間にかこの地を『追神』と呼ぶようになりました。こうして月日はながれ、若い赤城の神も年老いてゆき、『追神』の呼び名も誰言うともなく『老神』と呼ばれるようになりました。
そして赤城の神が沸き出させた湯は、万病によしとして人々に愛され、長年患った病も治してくれる老神の湯を見つけてくれた赤城の神に感謝して、毎年5月7・8日の赤城神社祭典の両日に張りぼてのヘビをかつぎ歩くという、現在の『老神温泉大蛇祭』の原型のような事が行われるようになり、しだいにその様相が変化して今日に至ったと伝えられています。一昔前までの旅館やホテルでは、祭典の日の午前中は神様が入浴する時間という事で浴槽にしめ縄を張り、宿泊客を含む一切の入浴をお断りして、神様に日頃の感謝を捧げていたそうです。