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大蛇祭りPDFパンフレット

おいがみ温泉【大蛇まつり】

イベント情報
大蛇まつり
※今年の大蛇神輿は展示のみとなります。
大蛇まつり開催日
5月7日 宵祭り
日中から太鼓の音を伴いながら子供神輿が担ぎ出され、お祭りらしい賑やかな雰囲気があふれます。 夜には、温泉で英気を養った若衆神輿も暴れ出します。

5月8日 大祭
どこのお祭りでも最終日は盛り上がるものです。大蛇祭も例外ではありません。 神社の舞台に神輿を納めて渡御の終了とするのですが、ここで赤城さま(担ぎ手?)が「暴れ足りな〜い」となると、 「よっしゃあ〜!」と気合いが入り、渡御が再会されることも有る程です。終わりの時間は赤城さま次第のようです。

神伝説を基に始められた赤城神社例大祭『おいがみ温泉大蛇まつり』は、地元の人々にとっては一年間の区切りとなる特別な行事とされています。
祭りの準備等があちこちで始まり出すと年輩の人達が「はあ、赤城さまの時期かやぁ〜、早えぇもんだいのぉ〜一年経つんはぁ〜…」「そぉ〜だいのぉ〜…」などと話してる声が聞こえてきます。ここで言われている『赤城さま』とは、地元の人々が赤城山の神様に対して親しみを込めて言う呼び方で、総じて祭り全体をこう呼んでいるのです。子供達は可愛らしく『へびまつり』なんて呼んでいます。   さて、祭りの説明ですが、やはりメインになるのは蛇神輿の渡御です。蛇神輿には、『若衆神輿』『子供神輿』等三種四体が有ります。これらの神輿が温泉街及び老神という地区全域を練り歩きます。その様はそれぞれに《勇ましさ》《華やかさ》《愛らしさ》が有り、この祭り全体の特殊性を醸し出していると言えます。進学や就職で都会に出ている地元の若者達が、休みを取ってまで祭りのために帰郷して来るのは、上京先で行われている通常の宮神輿や山車がメインの祭りとはまた違う、一種独特な思い入れがそこに有るからだと思われます。
 昔々、赤城山の神(ヘビ)はささいな事から日光二荒山の神(ムカデ)とけんかをしてしまいました。けんかは日増しに激しさを増し、いつの間にか大きな戦になっていました。両軍の兵士は多数傷つき、これ以上犠牲者を出したくないとの考えから、現在の『戦場ケ原(日光)』で最後の戦いをすることになりました。美しい草原がでこぼこの大地になってしまうほど、熾烈を極めた戦いはいつ果てるともなく続きました。この戦で兵士の流した血によって、『戦場ケ原』は別名『赤沼ケ原』とも呼ばれています。
  あるとき、ちょっとした油断から赤城の神は敵の矢に打たれてしまいました。傷を負った赤城の神は、なんとか赤城山のふもとまで逃げ帰ることができましたが、二荒山の神の軍勢はすぐそこまで追いかけて来ています。「ちきしょう!」と矢を地につき刺すと、不思議なことにそこから湯が湧いてきました。負い傷を湯に浸してみると、これまた不思議なことに傷はたちどころに治ってしまいました。傷の治った赤城の神は、追いかけて来た二荒山の軍勢を見事追い返しました。
  それからというもの、傷ついた神が敵を追い返す力の基となった温泉と言うことで、誰言うともなくいつの間にかこの地を『追神』と呼ぶようになりました。こうして月日はながれ、若い赤城の神も年老いてゆき、『追神』の呼び名も誰言うともなく『老神』と呼ばれるようになりました。
  そして赤城の神が沸き出させた湯は、万病によしとして人々に愛され、長年患った病も治してくれる老神の湯を見つけてくれた赤城の神に感謝して、毎年5月7・8日の赤城神社祭典の両日に張りぼてのヘビをかつぎ歩くという、現在の『老神温泉大蛇祭』の原型のような事が行われるようになり、しだいにその様相が変化して今日に至ったと伝えられています。一昔前までの旅館やホテルでは、祭典の日の午前中は神様が入浴する時間という事で浴槽にしめ縄を張り、宿泊客を含む一切の入浴をお断りして、神様に日頃の感謝を捧げていたそうです。


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